卒業生インタビュー

vol.2 細中 安奈 さん

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2 「卒業時は進路未定でした。そして2001年9月アメリカへ。」

※ 2013年インタビュー当時

日下田 飛鳥(高校)を卒業する事になった時に進路を決めると思うんですけど。
細中 最低でしたよ私。
日下田 最低。
細中 最低っていうか、大学受験を最初は理系に行こうと思ったんですよ、なぜか。でも結局大学受験をする意味が分からなくなってしまって。それが飛鳥(高校)の良い所なのか、悪いとこなのか。
私は実際飛鳥(高校)のシステムによって、大学受験は意味がない、この18(歳)で大学受験をしなきゃいけない、エスカレーター式みたいのが理解出来なくなり断念しました。なので卒業する時は進路未定だったんですよ。どこにも受験しなかったし、就活もしなかったし、ちょっと恥ずかしかったですけど。
そこで親がアメリカに行く選択肢をくれました。でも海外に行く事が怖くて迷っていました。そしたら、ダンスの舞台に出演する話があったので、オーディションで受かったらその舞台をやってからアメリカに行くと。落ちたら卒業後留学すると決めました。その舞台の出演が決まったので留学は延期になりました。
その舞台は半年間やったのですが、そこでいい出会いがありました。その方はタップダンス担当の先生だったのですが、彼女との出会いで私はタップダンサーになろうと決めてアメリカに渡る事を決意しました。そして2001年9月に行きました。ただSeptember 11th (9.11)が起きてしまい。
日下田 ちょうどその年で。
細中 9月11日に発つ予定だったんですよ。さすがにその日は飛行機飛びませんでしたが、その1週間後に結局行きました。当初は1年間だけの予定だったのですが、語学学校を卒業後、流れで短大に進みました(笑)。
日下田 アメリカ行ったのは、西海岸?
細中 そうです。ロサンゼルスです。
日下田 9.11の話があったから、東海岸、ニューヨークの方なのか、西海岸どっちかなって思って。
細中 元々ロサンゼルスの予定でしたが、ニューヨークだったら、さすがにキャンセルしていたでしょうね。でも若かったのか、勢いで行っちゃったという感じですかね。9年間ずっとロスにいました。
その後私は四年制(大学)にオーディションを受けてダンス学科に編入しました。結局大学卒業するのに6年かかってしまいましたが(笑)。学生時代からダンスカンパニーでの活動や、ダンススタジオでの講師などをしていたのですが、卒業後も同じ活動を続けて、就労ビザを取得する予定でした。しかしそのビザが取得出来ませんでした。かなり落ち込みましたが「もう頑張ったんじゃない?」と自分に言い聞かせて帰って来たんですよね。それが3年前です。

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